北岳・凍傷から

2007年12月29日〜31日  北岳池山吊尾根

  
  29日 奈良田からゲートを越え林道を3時間弱歩き登山口へ。
       車道脇の崖、トンネルのなかには見事な氷柱ができている。
       休むと寒いので歩き続ける、歩いても歩いても体が温まらない。
       2300m地点で幕営。
       テントに入っても寒くて、すぐにシュラフに潜り込んだ。
  
  30日 翌朝、5時間近くのラッセル。この時の手袋は薄手のフリース素材
       の物とオーバー手袋、その後中間にフリース素材の手袋を重ねた。
       稜線に出るともの凄い風の為、ネッグウォーマーが凍ってしまった。
       目出し帽に替える。でも口元はあっと言う間に凍る。
       寒いけれど天気は快晴。
       八本歯の頭からコル、そして北岳山頂へ向かう。
       この時点で山頂は立っていられないほどの突風。すぐに下山開始。
       幕営地点に戻ると気分が悪くなり、途中嘔吐する。
       今にして思えば、下山途中からかなり体が冷えて、低体温症になる
       寸前だったかもない.
       手の指は全てジンジンと痛く感覚もない、特に右手薬指第一
       関節から先が千切れるように痛い、見ると紫色になっていた。
       しばらく横になるが体調は悪いままで食事も食べることができない。
       夜中に指の痛みで目が覚める。
  
  31日 朝食も取ることができず、ゼリーを飲んで下山開始。途中何度も吐く。
       来た時と同じように凍った車道を歩き、駐車場へ。
       車に乗って体が温まると体調も回復。
       でも指先は痺れ、そして痛い。色共変化無し、同じ状態。

2008年
 1月1日  一夜明け元旦。指のことは家族には黙っていた。
        指先を絆創膏で隠し、何事もなかったように実家で過ごす。
        父親が「それはどうしたのか」と気に掛け聞いてくる <(_ _)>
        当然のことだが、この時すぐに病院へ行くべきだった。
        (痛みはあったが、それほどひどい状態ではないと思っていた)
        インターネットや本で凍傷について調べてみるが、症状や状態が
        違っていたり、写真もなくて良くわからない。
 
 1月2日  看護師をしている友人に相談すると、すぐに病院へ行くように
        言われる。
        市内の総合病院2件に電話。
        最初に電話した病院に外科の医師がいるという。
        正月休みなので救急で診察を受ける。
        
        医師 「どうしたの?指、挟んだ?切ったの?」
        私   「いえ・・・凍傷かと思うんですけど」
        医師 「???どこで?」
        私   「登山・・・山です」
        医師 「えっ??山ってどこの?」
        
        こんな会話のあと、患部どころか手にも触れず戸惑う医師。
        いろいろ悩んだ挙句一言。
        医師 「凍傷か。指、落ちるのかな・・」
        私   「落ちるのですか?」 絶句 (>_<)
         
        看護師さんは気を使い話しかけてくれ、しばらく廊下で待つように指示。
        医師は部屋を出てどこかへ・・・
        10分ほどで医師が戻り、名前を呼ばれる。 
        「お薬を出しますが、正月が明けたら皮膚科に行くように」
        と言われる。
        紹介状でも書いてくれるのかと思ったが
        「この病院では皮膚科がないので他の病院へ行ってください」と
        血液循環を良くする塗り薬と飲み薬を受け取る。
        痛み止めも出してくれるようにお願いする。
   
 1月3日  指先の紫色が、だんだんと赤黒くなり表皮が硬くなっている。
        普通の状態ではないことは素人目にも判った。
        この時点である程度の覚悟ができた。
        家事をしていると指がちぎれるほど痛むが耐えるしかない。
        この時点でも家族には打ち明けられず・・

 1月4日  正月休みが明けて、近くの皮膚科に電話して診察を受けることに。
        こちらの医師も患部に触れることもしない。
        指先に水泡ができていると言って、いきなりハサミで切られる。
        山から帰って、凍傷についていろいろ調べていた私は驚く (>_<)
        水泡は決して破らないこと!!と書いてあったのだけど・・・

        医師 「自信がないわけではないが、念のため設備のある病院で
             診察を受けたほうがいいでしょう。紹介状を書きますね」 
        
        私も内心それが賢明だと思った。でも不安過ぎて何も言えなかった。
        病院から帰宅後、初めて家族に全てを打ち明ける。
        「大丈夫、お母さんは不死身だから!」という明るい言葉が返ってきた。

  
 1月5日  紹介状を携え、設備の整っているという県内の某病院皮膚科へ。
        医師は一目見て
        「範囲は小さいが結構ひどい凍傷だよ、指先は壊死しています」
        と静かに言う。
        私はやっぱり・・と思ったが以外に冷静だった。
        
        骨まで達している場合など切断したほうが治りとしては早い。
        でもその為には縫い代をとらなければならない、そうなれば余分に
        切断することになるだろう。
        現段階では骨にまでは達していないようだ、このまま壊死している
        部分が硬くなるまで様子を見て、自然脱落させるほうがよいだろう。
        どれくらいの厚さで取れるかわからないが、指先は少し短くなる。
        おそらく爪は半分くらいは残るだろう。
        もし短くなった場合、皮膚移植などは可能。
        しかしうちの病院ではそれだけの設備も医者も居ないのだという。
        とにかくもう少し様子をみてから判断しましょうと言われる。
        
        凍傷について知識のない私は判らず、この医師にお任せしようと思う。
        
        駐車場の自分の車に戻ると、急に悲しくなって不覚にも涙が出た。
        でも大丈夫!少し短くなるくらいで負けやしないから。
        どんなことになっても山はやめない、少しの辛抱、すぐに復帰できる。
        そう考えると自分でも不思議なくらい冷静になった。
        
 1月6日  翌朝、突然、ある病院から電話がかかってきた。
        友達が私の凍傷について連絡してくれ、その病院から直接うちに電話
        をくれたのだ。
        今日は土曜日、12時まで診察しているのですぐに診せにくるようにと。
        私の家からその病院までは高速を使っても1時間ほどかかる。
        すぐに準備してでかけることにする。
        
        医師は指先を軽く押さえながら
        「受傷してから時間が経っていますね、凍傷は一日も早く手当てしたほ
        うがいいのだが・・・指先は壊死しているかもしれない」
        と言い、前回の病院と同じような説明をしてくれる。
        それから
        「手遅れかもしれないがとにかく血液循環を良くしてみましょう。
         そうすれば少しでも多く皮膚を残すことができるかもしれない」
        と、いくつかの治療方法の中から、指先の末端まで血液循環を良くする
        点滴をすることになった。
        数十分後、指先の血流を調べてみると先ほどより良い状態になっている。
        麻酔により手首から先は感覚がないが、小指と薬指がポカポカと暖かい。
        
        時間を置いてもう一度検査すると、血流はもっと良くなっていた。
        医師は
        「今の段階では何とも言えないが、このまま少し様子をみましょう」
        と言った。
        痛み止めとビタミン剤、末端まで血流を良くする薬などを処方してもらう。

 1月10日 指先は日に日に硬く赤黒くなっている、まるで甘栗の皮の表面みたいに
        なってきた。すごく不気味・・
        日に何度か痛み止めを飲んで堪える。
        特に家事をする時の水使いが辛い。朝など冷え込むとジンジン痛む。
        最近体調も良くなく、めまいがする。顔などの皮膚も荒れている。
        診察して薬を処方してもらい、もうしばらく様子をみるように言われる。

 1月14日 表面はかなり硬くなり、指で押さえるとへこむ。
        見た感じでは、完全にこの色ではダメかもしれないと思う。
        痛みは少なくなってきた、慣れてきただけなのかもしれない。
        考えれば考えるほど、怖いと思う。
        お風呂のあと、第一関節のあたりから薄い皮膚がスルッと剥け始める。

 1月17日 硬く黒い部分の皮が少しずつ剥けてきた。
        両手の他の指先の痺れが少しずつ薄らいできた。
        それと同時に他の全ての指の皮が剥けた。
        めまいはもうほとんどしなくなった。
        
 1月20日 この日もお風呂のあと、黒い部分がいきなり半分ほど剥けた。
        ピンク色の新しい皮膚が見える。再生した、という感じがする。
        光が見えてきた!
        指先に残っている黒い皮の下がどれほど回復しているかは不明。
        山に行けなくなるなんてイヤだ!山に行く!絶対に治ると信じよう!
        笑顔に勝るものは無し!負けるもんか!気合だ〜〜(*^^)v
        
 1月22日 指先にどんぐりを被せたようだと友人に言われた、ちょっと怖くなった。
        夜になって残りの皮が全部剥けた!!自分でも驚いた。
        少しは肉片が落ちると覚悟していたが、分厚い黒い皮が剥けたのだ。
        指は以前のままの状態で先はちゃんとついている (#^.^#)
        一皮剥けたので指紋もなく、皮が薄いのでヒリヒリする。
        感覚はまだ戻らないし痛みもある。日中はガーゼを巻いて保護。

 1月27日 医師にもう大丈夫だと言われ、本当にホッとする。
        ただ・・
        「今、もう一度凍傷になると今度は指は落とさなきゃならないよ」
        と言われた(^_^;)
        一年ぐらいはこの指先は冷えやすいから気をつけること。
        腕から先を冷やさないように防寒対策をすること。
        など、注意を受けた。
        看護婦さんたちも「指が残ってよかったね」と喜んでくださった。
        本当に感謝です。

 2月5日  現段階では完全に治ったとは言い切れないが安心した。
        指先の薄皮は火傷のあとのようにヒリヒリ痛む。
        当初は親指以外の指が麻痺、痺れがとれなかったが、最近では
        その痛みも徐々に治まってきた。
        薬指は血流が悪いためか、第一関節より上は冷たく痺れていて
        薄皮一枚で気温が低いところにいるだけでジンジンする。
        特に家事においての冷水の使用は辛いものがある。
        (これからも山に行かせてもらわなければならないので家族には
        弱音は吐かない、吐けないのです (^_^;) )

 2月13日 受傷から一ヵ月半、医師には山に行くことの許可はもらったが
        雪山はまだ早いかと迷いながら八ヶ岳に行ってみた。
        まず体全体の冷えに注意することに努め、防寒対策は万全にする。
        ミトンの手袋を購入し、一枚目は薄手のウール素材、二枚目には
        厚めのフリース素材の手袋を。
        行動中はさすがに暑くて往生するが、右手だけは手袋を外さない。
        汗をかいたら肌に一番近い手袋をこまめに交換する。
        途中、休息の時には暖かい飲み物を取る様にする。

        硫黄岳の稜線に出たときは強風で相当寒かった。それと同時に
        受傷している薬指がジンジンと痛み出した。
        やはり凍傷は気温が低いことと、それよりも「風」が怖いのだと実感。
        山頂では長居はしないで即座に下山し、無事に帰宅できた。
        この時、肌に直接当たらないように2枚目と3枚めの手袋の間に
        小さな使い捨てカイロを入れておいた。
        これは受傷直後にはしてはいけないので注意してください。
        凍傷になった直後に患部を直接暖め過ぎると腐敗が進む可能性が
        あるそうです。
        受傷直後にするべきことは
        
        ・直ちに下山すること。
        ・40度くらいのお湯に患部をつけるなどして、体温を徐々に戻す。

        ・可能であればその状態を保ち下山する。
        ・一刻も早く、専門の知識がある医師のいる病院で治療する。
         (私の経験から、皮膚科外科の医師でも凍傷の患者を診た事がない
          というのが現状かと思われます。おそらく北アルプスなど高山が近い
          病院などに下山後すぐに受診されるのが良いのではないでしょうか)

        
        何よりも凍傷にならないように手袋や靴下、帽子などもこまめに
        取り替えるようにしてください。
        肌に直接当たるものが濡れている、湿っていることには意外に気
        付かないことが多いようですが、少し汗をかいただけでも湿ってい
        るそうですから、要注意です。

 2月15日 1週間ほど前から、薬指の爪が白っぽくなってきた。
        爪に何となく違和感がある、おそらく爪が剥がれるのだろう。
        仕事中や家事をする日中などは、テープを貼っておく。
        物が引っかかると、爪がめくれそうで怖いのです。
        未だに指先の痺れは取れないが、日に日に感覚は戻りつつある。
        本当はまだ山に復帰は早いとは判っているけど、雪山に行きたいと
        いう気持ちを抑えることは難しい。
        阿呆と言われても・・情けないかな・・ (^_^;)
        本来ならまだまだ雪山には復帰はしないほうが良いと思います。
        
 3月7日  とうとう爪が剥がれました \(^o^)/
        (剥がれた爪・・何だか愛おしい気がする)
        ここ数週間で少しずつ爪が浮いたようになっていました。
        日中は仕事に差支えがあるのでテープで押さえていました。
        テープを外すと途端に乾燥して浮いてくるのでテープは必携でした。
        そのせいか、爪が剥がれてもその下には薄い爪が再生していて
        それほど痛いとは感じません。
        薬指の感覚は未だに痺れた状態で、指先に力を入れて作業するのが
        怖い感じがします。どうしても守ろうとしてしまうのです。
        それでも痺れは少しずつ緩和しているように思います。

 6月初旬   新しい爪が伸びてきました。あと数ミリで浮いていた爪先も伸びて全部
         新しい爪に生え変わるでしょう。
         指先の痺れは、まだ少し残っていますが日常生活では支障ありません。

 6月下旬  冷凍庫の掃除をしていたら、だんだんと薬指が痛くなってしまいました。
         指先が赤くなって、痺れてきました。まだ血流が良くないんですね・・
         注意しなくては。

 7月初旬  指先まで伸びてきた爪があと1〜2ミリで全部新しい爪になりそうです。
         感覚は1ヶ月前と変わりはありません。当初、病院で言われたとおり
         完治には1年ぐらい必要なのかも。
         まぁ落ち込まず、がんばります。

        今後も完治するまで経過は報告していくつもりでいます。

自分の失敗から多くの人に迷惑、心配をかけてしまいました。
この経験をこのような形で残すことは恥ずかしいことではありますが
記録を残すことで、少しでも役に立てることがあるのではと思いました。
状態、環境、体質などで違いはあるかもしれません。
参考程度に読んで頂けると幸いです。

2008年6月18日現在

あれから早いものでもう1年半が過ぎました。
今期の冬山は回数も少なかったこともあり、何事もなく終わってホッとしています。
さすがに厳冬期の岩登りでは、例の指がジンジンと痛み不安があったことは確かですが。

右手薬指は未だに完全に感覚が戻ったとは言えず、痺れは残ったままです。
もしかしたら、ずっとこのままなのかもしれないです。
再度受傷したら、次は指は残らないと言われたので、ある程度は覚悟しています。
ただ、そうならないように細心の注意で行動しなくてはなりません。


今年5月の奥穂高岳がきっかけで知り合った山スキーの達人であり医師である男性に
凍傷の予防について、助言を頂きましたのでそのままの文章で残しておきます。



予防として、手首の内側の動脈部分を保温しましょう。リストバンドみたいなもので・・
優れものはモンベルリストウォーマーです。最悪ここにカイロを張り付けたりも良いです。
動脈血を温めると、末梢の温度は飛躍的に上がります。
そして、万が一のためにビタミンE(ユベラ・チョコラの商品名で売ってます)を飲んでおきましょう。
少しでも末梢血流が良くなります。
もし万が一、下山後指先の変色、痺れがでたら、プロスタグランディン製剤の注射が効果的です。
塗り薬もあるので自分もザックの中に入れています。
とにかくグローブを外さない、濡らさない・・が基本です。
プロスタンディン軟膏や内服・注射薬などをよく使います。
水泡は破ると感染の原因になるので無理には破らない方が良いです。
医師の判断がない場合は、自然解放を待つ方が良いです。プロスタンディンの説明は⇒http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se26/se2699705.html





様々な状況下でそれぞれの症例があると思いますが、このようなことを覚えて予防することも
大切なことだということを知りました。
厳冬期、雪山に入られる方のお役に立てれば・・と思います。
助言頂いた方に感謝します、ありがとうございました。